祖母ユリア・メサの力によって、222年に従兄にあたる先帝
ヘリオガバルスの暗殺後に14歳で帝位につく。法学者
ドミティウス・ウルピアヌスを登用し生真面目に政務に取り組み、安定した統治を行った。しかし、226年にユリア・メサが死去すると、ウルピアヌスが母マメアの圧力により失脚し、228年に謀殺された以降は精彩を欠いた。軍事的能力には恵まれていなかったと評され、232年の
サーサーン朝の侵略に対しては辛うじて勝利したが、
ゲルマン人対策で弱腰の対応を重ねたことが兵士らの不満を招き、母のマメアとともに殺害された。アレクサンデルの暗殺後は
マクシミヌス・トラクスが擁立され、ローマは
セウェルス朝から
軍人皇帝時代となる。