・ 1984年 - 夫人の病気のためロサンジェルス・フィルハーモニックの音楽監督を辞任。これ以降演奏旅行の範囲をヨーロッパに限定したため、晩年来日が待ち望まれながらも実現しなかった。
ジュリーニは39歳で名門ミラノ・スカラ座の音楽監督に就任し、
EMIと契約して
フィルハーモニア管弦楽団と多数の録音を残すなど早くから活躍しているが、日本において名声を確立したのは、シカゴ交響楽団と録音した
シューベルト、
ドヴォルザーク、
ブルックナー、
マーラーの各
交響曲第9番のいわゆる「第九」シリーズが発売され、ロサンジェルス・フィルハーモニックの音楽監督に就任した1970年代後半になってからである。また、ウィーン・ フィルと完成させた
ブラームス交響曲全集でも高い評価を受けた。