ポパーは1902年にウィーンの中流家庭で生まれた。元来がユダヤ系だった両親はキリスト教に改宗しており、ポパーもまたルター派の教育を受けた(ちなみに彼の父は愛書家で、書斎には1万冊もの本を蔵していたらしい。)。1928年に
ウィーン大学にて哲学の
博士号を取得し、1930年からの6年間、小学校で教鞭を取った。その1年後、『Logik der Forschung/科学的発見の論理』で
心理学主義や
自然主義や
帰納主義それから
論理実証主義を批判した。また、言説が科学たらしめられるところの必要条件としての
反証可能性を理論として発展させた。
大戦が終わると
イギリスに移り、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて
科学的方法の助教授を経て、教授となった。1958年から1年間、『アリストテリアン・ソサイエティ』誌の編集責任者を務めた。1965年には
女王エリザベス二世から
爵位を授与され、11年後には
英国学士院の正会員となる。学界を1969年の時点で退いてはいるものの、彼の学術的影響は1994年に亡くなるまで絶えることがなかった。また彼は
人本主義学会の会員でもあり、ユダヤ教やキリスト教の道徳教育を顧慮しながらも自らを
不可知論者と称していた。