ザ・テレビ演芸 wikipedia|無料辞書
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◆ 概要
テレビ朝日系日曜午後の二大演芸番組であった『
大正テレビ寄席』と『
日曜演芸会』の後継番組とされる。直接的には『日曜演芸会』を時間帯移動の上改題した『末廣演芸会』の後番組の位置付けだった(このため、毎回必ず
寄席・
新宿末廣亭からの中継録画を挟んでいた)。
構成は三部構成で、第一部は旬の芸人による「激突!ナウ演芸」、これからの活躍が期待される芸人が登場する「フレッシュ演芸」。
第二部は新宿末廣亭の高座中継(おおむね
落語)。中継リポーターには、初代は当時テレビ朝日アナウンサーの
原麻里子、2代目に
益戸育江(後に女優・高樹沙耶として有名に。2008年10月より再改名)がいた。
第三部は「とび出せ笑いのニュースター・ホップステップジャンプ」(後に「〜・無制限勝ち抜き戦」に変更)と題した勝ち抜き新人オーディションであった。この「とびだせ笑いのニュースター」コーナーは、
糸井重里・
神津友好・
大野桂・
大島渚・
高信太郎・
花井伸夫・
山本益博ら錚々たるメンバーが審査員(毎週5名ずつ出演)に名を連ねていたが、司会者であるはずの横山やすしの辛辣な意見が審査に大きく影響していた。なお、このコーナーから
竹中直人や
ダチョウ倶楽部、
中村ゆうじ、
B21スペシャル、
浅草キッド、
AKIKO、
甘味けんじらが世に出た。
ダウンタウンも現在のコンビ名になる以前に「ライト兄弟」として出場し、家庭内暴力をテーマにしたネタを披露した後、やすしから「テレビでやる漫才とちゃうやんか! お前らはなめとんのか! そんなもん漫才やない! チンピラの立ち話やないか!」と怒られて酷評を受けたことは有名である。
◆ 出演者
;司会
;アシスタント
;ナレーション
◆ 備考
・長寿番組だった当番組の歴代最後のプロデューサーは『
ロンドンハーツ』などを手掛け現在は編成部長の
板橋順二。彼は当時26歳で、ゲスト出演した
桂三枝から「日本一最年少のプロデューサーですな。」と言われた。なお、前述した後継番組とも呼べる『
関根&優香の笑うシリーズ』も担当していた。
◆ 番組の変遷