シクストゥス4世の甥にあたる
ユリウス2世は1506年、
ミケランジェロに
天井画の制作を命じた。この注文は彫刻家を自任するミケランジェロにとって必ずしも本意とするところではなかったが、1508年にフレスコ画の制作を開始した。堂内に足場を組み、横になりながらの制作で、助手の手際が気にいらず結局一人で作業を続けていった。1512年に完成し、ミケランジェロの代表作のひとつに数えられる。天井部中央の旧約聖書『
創世記』の9場面、天地創造、楽園追放、大洪水などが、祭壇から後陣にかけて配列される。ただしその配列は必ずしも創世記の時系列とは一致しない。四隅には旧約聖書の場面が描かれ、これにはネオプラトニスムからミケランジェロが摂取した四大の思想など、古代ギリシア自然哲学の影響も指摘される。また創世記の場面を取り囲むようにして、キリストの先祖であるユダの王たち、また旧約と
古典古代の巫女たちが描かれる。
およそ20年後、
クレメンス7世は祭壇の背面に壁画を描くようミケランジェロに依頼する。クレメンス7世の死後、
パウルス3世の代に製作が始まり、1535年から1541年にかけて『マタイの福音書』に示される「
最後の審判」をテーマにしたフレスコ画が描かれた。大きく四つの階層に分かれており、上から、
天使たちの群像、
イエス・キリストを中心とした天国、地獄に引きずり落とされる人々、地獄が描かれている。地獄の有様を描くにあたって、ミケランジェロは
ダンテの叙事詩『
神曲』地獄篇から霊感を得た。ミケランジェロの作品は見るものを戦慄させる出来栄えであったが、一方では裸体が多数描かれていることを嫌悪するものもいた。パウルス3世の死後、裸体の陰部を隠す腰巻が書き足されたのである。