ブルゴーニュは、現在はフランスのひとつの地方にすぎないが、14世紀-15世紀には、この地方で繁栄した大公国だった(
ブルゴーニュ公国)。フランドルでは中世以来、フランスを中心に発達していた
イソリズムなどの
ポリフォニーが盛んであった。ブルゴーニュ楽派の先駆けであるデュファイは、若い頃イタリアに滞在し
トレチェント音楽の旋律も学ぶとともに、英仏間の
百年戦争末期の休戦期に大陸に滞在していたイギリスの作曲家
ジョン・ダンスタブルなどから、イギリスで発達していた3度、6度の和音を学ぶことで、ルネサンス音楽を開拓した(ブルゴーニュ公国がフランス王国に対抗する必要から、政治的・文化的に
イングランド王国と提携していたことと関係している)。
ブルゴーニュ楽派の宗教曲では、ミサ通常文をまとめて作曲した通作ミサや
モテットが作曲された。通作ミサでは、ブルゴーニュ楽派の音楽家達は各楽章に音楽的な関連を求め、音楽作品としての統一を行った
循環ミサ曲を多く作るようになった。世俗歌曲では、中世のバラード、
ヴィルレー、
ロンドーなどの形式を持ちつつ、最上声部を声で歌い、下部の2声に楽器をまじえて演奏する独自の3声のシャンソンが作られた。