ポルトアレグレ近郊のフロンテイラに、おそらく
1566年に生まれる。
エヴォラ大聖堂に関連した声楽伝習所 Col?gio dos Mo?os do Coro においてマヌエル・メンデスとコスメ・デルガーデに師事。
1588年に
カルメル会修道院に入会、
1589年に誓願を立てる。
1620年代初頭にヴィラ・ヴィソーサ大公家に常勤して、バルセロス公――後の
ポルトガル王
ジョアン4世と交友関係に入る。経歴の大半においてカルメル女子修道会 Convento do Carmo の常勤作曲家兼オルガニストとして過ごした。
カルドーソは
パレストリーナのポリフォニー様式を模範としており、
ヨーロッパ各地で発達中の
バロック音楽の音楽語法を完全に無視した、洗練された厳格様式で作曲している。実のところ、現存する作品は精巧な
複合唱様式のポリフォニー作品しかないわけだが、それ以外の同時代の様式によるもっと進歩的な多くの作品は、
1756年の
リスボン大地震とその際の出火によって永久に失われてしまったようだ。