マントヴァは三方を12世紀につくられた人工湖によって囲まれている
。これらは
ガルダ湖から発したミンチョ川の水をせき止めたものである。3つの湖はそれぞれ大きな方から、スペリオーレ湖、メッツォ湖、インフェリオーレ湖と呼ばれている
。4番目の湖パジョロ湖はかつて市を環状に巡った防御用のものであったが、18世紀末に干拓された。
ゲルフと
ギベリンの闘争の最中、
ピナモンテ・ボナコルシが1273年に混沌とした状態つけこんで実権を掌握した。彼の一族が14世紀までマントヴァを支配し、さらなる繁栄と都市の芸術的な美をつくった。1328年8月16日、最後のボナコルシ家当主リナルドは、一族に仕える兵士であった
ゴンザーガ家が背後で操る反乱で倒された。1318年に市のであったルイージ・ゴンザーガは、市民隊長に選ばれた。ゴンザーガ家が5つの門を持つ新たな市壁を建て、14世紀には市の建築物を修繕した。しかし、市での政治的な地位は三代目の
ルドヴィーコ1世・ゴンザーガの代まで確固なものではなかった。彼は競争相手である親族を排除し、自身で実権を握った。