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「ミサ曲」||葬儀-master.com [05/26update]

ミサ曲 wikipedia|無料辞書

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ミサ曲(―きょく)は、キリスト教典礼(ミサ)に伴う声楽曲。ミサは本来、カトリック教会の聖体拝領を伴う典礼を指す語であるが、プロテスタントの一部教派には、聖体拝領を行なわない礼拝をもミサと呼ぶものがある。東方教会(正教会)で聖体拝領を行なう公祈祷(聖体礼儀)についてもミサの語が使用される場合があるが、正教会自身が「ミサ」との呼称を聖体礼儀に対して用いる事は無い。
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カトリック教会においては、聖体拝領を伴うミサは、教会の典礼儀式のなかでもっとも重要なものである。典礼文の歌唱は、東西分裂前に発する伝統を有する(ただし、こんにちの東方教会奉神礼で用いられる形式・祈祷文は、西方教会教派のものとは大きく異なる)。
ミサの典礼文には固有文と通常文があり、固有文はミサの行われる日によって扱われる文が異なるが、ミサ曲は基本的に通常文をテキストとしているため、作曲された時代背景が異なっても、歌詞そのものは一定である。
西方教会においてはグレゴリウス1世の頃より典礼の形式が整備され、最初期のミサにおいては、典礼文はグレゴリオ聖歌や単声による朗唱方式によって歌われた。これらが音楽的な基盤となり、多声によるミサ曲が書かれるようになった。複数の音楽家がミサの各章ごとに付曲していたが、のちに一人の音楽家が全曲を扱うようになった。全曲を通じて一人の音楽家によって作曲されたミサ曲は、14世紀ギヨーム・ド・マショーの『ノートルダム・ミサ』が最初のものといわれる。さらに、声楽に加えて器楽も付加されるようになり、大規模化された。19世紀ベートーヴェンのころには、宗教音楽の域を超えた演奏会用の作品としての位置づけも持つようになった。
現代では、ルネサンス期のものとして、ギヨーム・デュファイヨハネス・オケゲムジョスカン・デ・プレジョヴァンニ・ダ・パレストリーナなど、バロック期では、マルカントワーヌ・シャルパンティエの作品や、ヨハン・ゼバスティアン・バッハロ短調のミサ曲古典派では、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作品やルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンミサ・ソレムニスロマン派ではルイジ・ケルビーニジョアキーノ・ロッシーニフランツ・シューベルトアントン・ブルックナーの作品などが有名である。また、日本の作曲家の作品としては、三枝成彰佐藤賢太郎のものがあげられる。

◆ ミサ曲の構成
ミサ曲の基本的な構成要素は、一般的に、『キリエ』(求憐誦)、『グローリア』(栄光頌、天には神に栄光)、『クレド』(信経、信仰宣言)、『サンクトゥス』(三聖頌、感謝の賛歌)、『アニュス・デイ』(神羔頌、神の子羊)の5曲である。これらはみな通常文といい、どのような場合にも必ず同じ典礼文を用いる。ミサ・ソレムニスは、これら5曲をすべて備え、「盛儀ミサ」という意味がある。邦訳では『荘厳ミサ曲』ともいう。これに対し、例えば『キリエ』と『グローリア』のみで構成されるようなミサ・ブレヴィス(小ミサ)もある。プロテスタントでは、こうした省略型のミサがよくみられる。中世では、この他に『イテ・ミサ・エスト』(終わりの言葉、ミサの散会)も作曲された例があるが(例えばギョーム・ド・マショー)、一般には『キリエ』の旋律を当てはめていた。
ミサで歌われるものには、この基本要素に、入祭唱(イントロイトゥス)、昇階唱(グラドゥアーレ)、アレルヤ唱、続唱(セクエンツィア)、奉献唱(オッフェルトリウム)、聖体拝領誦(コンムニオ)などの固有文が加わる。固有文は、例えば祭日や死者ミサなど、時と場合によってその構成が異なる(死者ミサについてはレクイエムの項を参照)。ミサ曲の作曲は、どのミサでも歌われる通常文に対して行われるのが普通で、固有文はグレゴリオ聖歌を使用する場合が多い。年間に用いられる全ての固有文(ただしオッフェルトリウムを除く)に作曲した例はハインリヒ・イザークの3巻の「コラーリス・コンスタンティヌス」(未完/ゼンフル補筆)が存在するのみである。続唱は中世後期からルネサンス期初頭にかけて発達したが、1545年から1563年にかけて開かれたトリエント公会議で大幅に整理された。