言問通り沿いに、かつては
鶯谷駅との乗り換えが便利な京成の寛永寺坂駅があった。
上野台とその東側山麓に広がっていた。上野台部分は
上野花園町から独立したところで
寛永寺域であったことからその子院が数多くあった。多数の寺院の存在とともに、江戸時代の町割り、道割りの上に、明治、大正、昭和の建物が混在していて、歴史的重層性のある景観を作りだしている。また、仏教的敬虔さや、職人的、芸術的、文学的な人々の関わりによって、伝統的に高い文化的風土を保持している。樹形ウォッチングを楽しむ方の姿も見かけることができる。地名の通り桜も多く、桜並木がある。桜木、
谷中、
上野公園の桜は樹齢を重ねたものが多いせいか一本一本が独特の形をしていて評判が良い。町内にある
寛永寺は、寛永2年(1625)徳川3代将軍
徳川家光のとき建てられた。