賤民は衣服により色分けされていたので五色の賤と呼ばれる。このうち陵戸は
養老律令施行によって賤民となったため結婚以外は良民と同等であった。官戸は犯罪行為の罰として賤民に落とされた身分で
口分田等は良民と同等、76歳になれば良民に復帰できた。官奴婢には古来からのものと犯罪によって落とされた二種類があり、それぞれ60歳・76歳で良民に復帰できた。官奴婢の場合
戸は形成されない。私奴婢は良民の3分の一の口分田が班給され売買・相続された。家人は待遇としては私奴婢と同等であるが売買は禁止され仕事に制限があった。
官奴婢や
私奴婢は、売買や質入の対象となるなど、非人道的な扱いを受けた。だが、一定の年齢に達すれば上の階層に上がる事ができる制度などもあり、穢れなどを理由に
武士、
百姓、
町人などと隔絶した一種の身分外身分と言える扱いを受けた
江戸時代の被差別民の身分ほど固定されたものではなかった。一方、奴婢は自らの公認された自立的な共同体を持たず、個人別に良民や朝廷の所有物とされるなど、穢多頭に統率されるなどの形で一定の権利保障の基盤になる共同体組織の保持を保証された江戸時代の被差別民と比べると、権利保障の基盤は脆弱であったとも言える。