寛政12年(
1800年)、56歳の時に、第1次測量を開始。これは、測量家としての腕を見込まれたことのほか、忠敬が私財を投じて測量事業を行おうとしたことが幕府にとっても有益だと判断されたということがあったようである。幕府は、伊能忠敬に全国の測量をさせると共に、薩摩藩の偵察の意味合いも重きにおいて全国に派遣させていたとされる。最初の測量は
蝦夷地(現在の
北海道)およびその往復の
北関東・
東北地方において行われた。宗谷付近については、当時、伊能がその弟子であった
間宮林蔵に依頼して行わせた測量結果を基に作図が行われた。ただし、忠敬の測量が極めて高度なものであったことから、その後徐々に幕府からの支援は増強され、国家的事業に育っていった。また、この際の測量により、緯度1度がおよそ111km程度に相当すること、またそれを元に、地球全体の外周がおよそ4万km程度であると推測した。この値は、現在計測されている数値と0.1%程度の誤差であり、忠敬の測量の正確さの証左とも言える。