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「位階」||葬儀-master.com [05/27update]

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位階(いかい)とは、官吏における個人の地位を表す序列・等級である。また、国家に対して勲功・功績のあった者に授与される栄典の一つ。位階を授与することを「位階に叙する」または叙位(じょい)という日本においては平安時代以後、宮中で例年正月5日頃に行われる五位以上の位階を授ける儀式のことも叙位(例の叙位)と言った。

◆ 日本の位階制度

◇沿革
日本における「位階」制度は、律令制に基づく政治行政制度と共に中国から継受し、独自の発展を遂げた。
位階は、603年(推古天皇11年)に冠位十二階の制度を定め、官人に対してを与えたのが初めとされる。この「冠位」制度はその後数度の変遷を経て、701年(大宝元年)の大宝令および718年(養老2年)の養老令により、「位階」制度として整備された(→冠位・官位制度の変遷を参照)。律令制における位階は、親王が4階(品位、ほんい)、諸王が15階、諸臣が30階あって、明治維新まで変わらなかった。位階は功労に応じて昇進があり、位階に対応した官職に就くことを原則とした(官位相当制)。また、原則として軍功に授けられた勲位(一等から十二等)とも連動し、あわせて位階勲等と称した。
:なお、673年(天武天皇2年)以降は、神道神社にも位階が与えられた(→神階を参照)。後には、神社に対する勲位の授与も行われた。
明治時代の初期には、新たに近代的な太政官制が敷かれ、多くの制度が再編整備された。この中で位階制は、正一位から少初位まで18階に簡素化された(後に初位の上に九位を設けて20階とした)ものの、律令制での官位相当制に倣い、新たに作り上げられた官職制と深く結びついて存在した明治2年7月8日(1869年8月15日)に公布された明治2年太政官布告第620号による。「九位」の設置は同年8月20日(同年9月25日)。なお、明治3年11月19日(1871年1月9日)に出された明治3年太政官布告第845号により、旧官人・諸大夫・侍などの位階も廃止され、近世の位階と明治の位階との間に明確な一線が引かれた。
しかし、明治4年8月10日(1871年9月24日)に出された明治4年太政官布告第400号により、従来の官位相当制は廃止され、新たに15階からなる「官等」が定められたことにより、位階制と官職制との関係は絶たれた。もっとも、位階制が廃止されたわけではなく、その後も官吏をはじめとした諸人に位階は与えられ続けた。また、1875年(明治8年)4月10日の詔により勲等賞牌制(勲等功級からなる勲位制、勲章制度)が定められたことにより、それまで位階制が担っていた栄典としての役割を分有することとなった。
明治時代の半ば、1887年(明治20年)5月に公布された叙位条例(明治20年勅令第10号)において、「凡ソ位ハ華族勅奏任官及国家ニ勲功アル者又ハ表彰スヘキ勲績アル者ヲ叙ス」(1条)と定められたことにより、位階は栄典としてその役割を特化された。このとき位階数はやや簡素化され、正一位から従八位までの16階とされた。位階は、この少し前の1884年(明治17年)に出された華族令(明治17年宮内省達)により定められた爵位制(華族制度)と連動するものとされた。さらに、位階奉宣事務が宮内省華族局の管轄となり、位階奉宣事務取扱手続・叙位進階内規があいついで定められ、明治国家の位階制は一応完成した。位階別は、「華族・勅任官・奏任官・非職の有位者・効績者のそれぞれの内部序列の基準となるとともに、すべての階層の宮廷での朝班の基準として機能し、「官位勲爵」制の官職制・勲等削・爵位制を束ねるものとして、明治国家のなかに位置付けられた」藤井讓治[外部リンク] 「明治国家における位階について」、『人文學報』67巻、1990年。とされる。叙位条例は、1926年(大正15年)10月21日に公布された位階令(大正15年勅令第325号)により廃止された。
第二次世界大戦後、国家・社会の制度が大きく変革され、従来の栄典制度や官吏制度も改革された。1946年(昭和21年)5月3日の閣議決定により、生存者に対する叙位・叙勲は停止された[外部リンク] 「官吏任用叙級令施行に伴ふ官吏に対する叙位及び叙勲並びに貴族院及び衆議院の議長、副議長、議員又は市町村長及び市町村助役に対する叙勲の取扱に関する件」、昭和21年5月3日閣議決定。。その後、1964年(昭和39年)に生存者叙勲が再開されたときも、生存者に対する叙位は再開されなかった[外部リンク] 「生存者叙勲の開始について」、昭和38年7月12日閣議決定。
故人に対する叙位は引き続き行われ、1947年(昭和22年)に施行された日本国憲法の下では、内閣の助言と承認により天皇の国事行為として行われる栄典の一つとされ、改正位階令(大正15年勅令第325号。昭和22年5月3日政令第4号により改正)をその法的根拠とした。ただし、天皇に叙位の決定権があるわけではない。2001年(平成13年)の栄典制度改革においても、「我が国の歴史や文化にかかわりのある日本固有の制度として価値があるとともに、現在は、国家・公共に対して功績のある人が死亡した際に、生涯の功績を称え追悼の意を表するものとして運用されていることから、存続させることが適当である」栄典制度の在り方に関する懇談会[外部リンク] 「栄典制度の在り方に関する懇談会報告書」、2001年(平成13年)10月29日。として、大きな制度変更は行われなかった。

◇ 律令制における位階