日本では、勢至菩薩が単独で信仰の対象となることはきわめてまれで、多くは阿弥陀三尊の脇侍として造像された。
観音菩薩が宝冠の前面に化仏を表すのと対照的に、勢至菩薩の場合は水瓶を付けることが多い。来迎形式の阿弥陀三尊では、観音菩薩が蓮台を捧げ持つのに対して、勢至菩薩は合掌する姿で表される。
法然を勢至菩薩の化身とする説が中世からあった。
法然は幼名を勢至丸といい、「智慧第一の法然坊」といわれ、生前から智慧の化身として考えられていた。
法然没後、弟子の
親鸞は「大勢至菩薩和讃」を詠み、末尾に「大勢至菩薩は源空上人(法然)の御本地である」と述べている。また
親鸞の妻
恵信尼が霊夢を見、「光ばかりの御仏」を見たところ、「あれは勢至菩薩で法然のことだ」という声が聞こえたという話が「恵信尼消息」に出ている。京都
知恩院には勢至堂が建てられ、本尊として勢至菩薩像が安置されている。これは法然の本地であるという。この像は来迎阿弥陀三尊の脇侍としての勢至菩薩と同様、合掌形に表わされている。