当初、幕府はキリスト像が刻まれた板を踏ませる
踏絵や
密告の奨励などを行うことによりキリシタンの取締りを実施し、キリシタンではないことを仏教寺院に請け負わせてその証明とした(寺請制度)。
1637年(
寛永17年)からその翌年にかけて九州でおきた
島原の乱の後、
1640年(寛永17年)幕府は
宗門改役を設置し、
1664年(
寛文4年)には
諸藩に宗門改役を設置するよう命じている。
1665年(寛文5年)には
日蓮宗のうち強硬派である
不受不施派が禁制となったことにより、他宗派に改宗させる宗門改の対象となった。
1671年(寛文11年)幕府は宗門人別改帳の作成を義務付け、原則として特定の仏教寺院(不受不施派を除く檀那寺、藩によっては
神社もあった)に属する寺請制度とともに宗門改が確立した。宗門改の制度は、
1873年(
明治6年)キリスト教の禁制が解除されるまで続いた。