奄美の加計呂麻(かけろま)島の
島長(しまおさ)で祭事を司る「
ノロ」の家系に生まれ、巫女後継者と目された。のちに島で小学校の代用教員を勤める。この奄美群島の加計呂麻島(カケロマジマ)には日本の「海軍特別攻撃隊」(
特攻隊)の基地があり、
海軍の
震洋特攻隊長として島へ赴任してきた島尾敏雄と知り合う。その頃は大戦末期であり
沖縄戦は終わり陥落していた。日本の敗色も濃かったが、戦時下の本土決戦を目前にし、軍人はどこでも大切に扱われる。聡明篤実な
海軍士官であった島尾中尉は、島の人らから『隊長さま』と慕われた。島尾とは戦後の1946年に結婚。ミホは後々まで、
白い海軍の正装姿の若き日の敏雄・「隊長さま」の写真を、大切に自室に掲げた。「トシオはただの人。でも、『隊長さま』は、神さまでした」とミホは述懐する(
小栗康平談 『御跡慕いて』 新潮2006年9月号参考)。