元永元年(
1118年)、
伊勢平氏の頭領である
平忠盛の嫡子として
伊勢産品(うぶしな、現在の
三重県津市産品)で生まれる。生母は不明だが
祇園女御の妹という説が有力である。母の死後、祇園女御の猶子になったという。
大治4年(
1129年)正月に12歳で従五位下左兵衛佐に叙任されたことについて、
藤原宗忠は「人耳目を驚かすか、言ふに足らず」と驚愕している(『
中右記』)。武士の任官は三等官の尉から始まるのが通常で、二等官の佐に任じられるのは極めて異例だったためである。清盛は3月に石清水臨時祭の舞人に選ばれるが、清盛の馬の口取を祇園女御の養子とされる内大臣・
源有仁の随身が勤めていることから、幼少期の清盛は祇園女御の庇護の下で成長したと思われる。