これらは、宗教に於ける様々な「教え」を明文化したもので、とくに公の会議で認められたものを教義と言う場合が多い。その一方で、それぞれの宗教に於ける開祖の
語録を引用して、それの
解釈を含めて教義とする場合も多い。同じ
開祖を持つ宗教であっても、その開祖の言動は様々に解釈され、その解釈の違いによって
宗派が発生する。宗派は各々の事象に対して異なる見解を持つのが常であるが、これは教義(特に解釈の部分にて)差異があるために他宗派と相容れなくなっていると思われる。
教義は様々な面で引用され、生活や思想の指針とされるが、稀に
破壊的カルトに代表されるような反社会的な内容の教義を持つ宗教も存在する。しかし多くの人々に受け入れられている宗教に在っては、概ね
同胞愛や
博愛を説いて人と人との共存を呼び掛けており、決して異様な事柄が書き連ねてあったり、社会に混乱を招くような物ではないと考えられる。しかし宗教自体に否定的な人にあっては、この教義の存在からして、個人の自主性を否定する物であると考える人もある。