古くから
霊山として信仰の中心的存在となり、山名の「ウムトゥ」は「島の大本」を意味するともいう。於茂登の神・ウムトゥテラシィへの通し願いが島内の多くの
御嶽で行われ、名蔵村の御嶽はオモト岳の神の拝礼所とある
[『琉球国由来記』]。また、
首里の
弁ヶ岳、於茂登岳、
久米島の三神は姉妹であり、日本から渡来したともいう。二番目の神は妹と一緒に久米島を居所としたが、自分の山が妹のいる山より低かったので、
八重山に移って於茂登岳に
垂迹して島の守護神になったと伝わる
[『君南風由来并位階且公事』など]。
弘治13年(
1500年)の
オヤケアカハチの乱の際には、久米島の神女が
琉球王国の軍に帯同し、於茂登岳の神を説得して帰順させたという
[『球陽』尚真王24年(1499年)条)]。