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「曹植」||葬儀-master.com [05/28update]

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曹 植(そう しょく、または、そう ち、初平3年(192年) - 太和6年11月28日(232年))は、中国後漢末 - 三国皇族子建陳王に封ぜられ、諡号であったことから陳思王とも呼ばれる。杜甫李白以前における中国を代表する文学者として、「詩聖」の評価を受けた人物でもある。

◆ 生涯
?県(現在の安徽省亳州市)の人。曹操の五男として生まれる。生母の卞氏は倡家(歌姫)の出身だが、『世説新語』賢媛篇に名を列ねる賢婦であった。同母兄にの文帝曹丕、任城威王曹彰。同母弟に蕭懐王曹熊。子は曹苗(早世)、曹志。他に2人の娘がいた。
異母兄の曹昂曹鑠が早世すると、197年頃に卞氏が正室に上げられ、曹植は曹操の正嫡の三男となる。幼い頃より詩など数十万言をそらんじ、自身も詩人であった曹操の溺愛を受ける。211年、平原侯(食邑5000戸)に封ぜられ、214年、臨葘侯(同)に転封される。
曹植は人となり奔放不羈、礼法に拘泥せず、華美を嫌い、酒をこよなく愛する、闊達さと驕さを併せ持った天才肌の貴公子であった。詩人としての印象が強いが、実際は潼関の戦いや張魯征討、烏桓遠征など数多くの戦役に従軍しており、兄たちと同じく戦場で青年時代を送っている。
このころより詩・賦の才能がさらに高まり、ますます曹操の寵愛は深くなる。同時に、この頃から長兄の曹丕との後継争いが勃発する。彼らよりもそれぞれの側近たちの権力闘争といった様相が強かったが、217年、正式に曹丕が太子に指名され、以降は曹植と側近者たちは厳しく迫害を受けることになる。
220年、曹操が没すると側近が次々と誅殺され、221年には安郷侯に転封、同年のうちに?城侯に再転封、223年にはさらに雍丘王(食邑2500戸)、以後浚儀王・再び雍丘王・東阿王・陳王(食邑3500戸)と、死ぬまで各地を転々とさせられた。
この間、皇族として捨扶持を得るだけに飽き足らず、文帝曹丕と明帝曹叡に対し、幾度も政治的登用を訴える哀切な文を奉っている。特に明帝の治世になると、親族間の交流を復することを訴える文章が増える。230年、母卞氏が没し、最大の庇護者を失う。その後も鬱々とした日々を送り、232年11月28日、「常に汲汲として歓びなく、遂に病を発して」41歳で死去。子の曹志が後を継いだ。
曹植は中国を代表する文学者として名高いが、曹植自身は詩文によって評価されることをむしろ軽んじていた節がある。側近の楊修に送った手紙では「私は詩文で名を残すことが立派だとは思えない。揚雄も、そう言っているではないか。男子たるものは、戦にしたがって武勲を挙げ、百姓を慈しんで善政を敷き、社稷に尽くしてこそ本望というものだ」と語っており、兄である文帝が「文章は経国の大業にして不朽の盛事なり」と主張しているのとは好対照である。
曹植は父の遠征に従って14歳から従軍しており、戦場の空気になじんでいたとみられる。211年潼関の戦いに曹植が参加した際には、留守居役として洛陽に駐留した曹丕が「感離賦」を送り、弟へ別れを惜しんでいる。

◆ 文学作品
漢詩の詩型の一つである五言詩は、後漢の頃から次第に制作されるようになるが、それらは無名の民衆や彼らに擬した文学者が素朴な思いを詠った歌謡に過ぎなかった。しかし後漢建安年間から、それまでの文学の主流であった辞賦に代わり、曹植の父曹操や兄曹丕、王粲劉?らの建安七子によって個人の感慨や政治信条といった精神を詠うものとされるようになり、後世にわたって中国文学の主流となりうる体裁が整えられた。彼らより後に生まれた曹植は、そうした先人たちの成果を吸収しその表現技法をさらに深化させた。
曹植の詩風は動感あふれるスケールの大きい表現が特徴的である。詠われる内容も、洛陽の貴公子の男伊達を詠う「名都篇」や勇敢な若武者の様子を詠う「白馬篇」のように勇壮かつ華麗なもの、友人との別離を詠んだ「応氏を送る」二首や、網に捕らわれた雀を少年が救い出すという「野田黄雀行」、異母弟とともに封地へ帰還することを妨害された時に詠った「白馬王彪に贈る」、晩年の封地を転々とさせられる境遇を詠った「吁嗟篇」などのように悲壮感あふれるもの、「喜雨」「泰山梁甫行」など庶民の喜びや悲しみに目を向けたものなど、先人よりも幅広く多様性に富んでいる。
なお曹丕から「七歩あるく間に詩作せよ」と命じられて詠んだというエピソード(『世説新語』文学篇より)で有名な「七歩詩」は、現在真作としない見方が有力である。また彼の最高傑作ともいわれる「洛神の賦」は、曹丕の皇后である甄氏への恋慕から作ったという説もあるが(『文選』李善注より)疑わしい。

◆ 著名な作品