古代(
奈良時代、
平安時代)から中世前期(
鎌倉時代)における
日本では、天皇を中心とした政治体制が維持されており、国家における
天皇が
政治を行っていた
政府(
御所)のことを意味することが多い(ただし、皇位から離れた
天皇(
太上天皇)が実質の政務を行う
院政も「
天皇家の当主」を中心としていることでは差異はほとんどない)。「朝廷」の言葉の由来は、
大宝律令が成立し朝廷の政治体制が確立された
奈良時代は、政治や会議等は早朝から始められ午前中に開かれていたことによる。
武家政治の時代においては、
征夷大将軍が主宰する政府(
幕府)についても「朝廷」と言うことがある。今日においては「朝廷」という言葉が幕府に対応する言葉としてよく使われるが、これは
天皇・
貴族(公家政権)と
武家(武家政権)を対立した存在として捉えるようになった近世以後の考えからの影響が強い。実際には
鎌倉幕府の
摂家将軍や
親王将軍、
江戸幕府の
大政委任論のように、幕府もまた朝廷の実質とは一線を画しつつも、朝廷から分離してその存在を考えることはできないものであった。