1972年ごろ、OBC(
ラジオ大阪)のライブ放送『カット・ジャパン1310』の司会に抜擢、その型破りな話術が人気を集める。その後は、ラジオ・テレビ等のレギュラーを持っていたが、
1983年に芸能界を引退し、
ドイツ等に長期に渡り滞在、帰国後に、画廊を経営。その後、東京でテレビ番組に
構成作家(
ブレーン)として参加。フリーライターを経て、2005年に芸能界に復帰をした。現在、舞台等で活躍中。やすしの死後は、筆頭弟子としてノック一門をまとめている。師匠のノックと同様、禿げ頭が特徴で、師匠と出演するときは二人で「ライト兄弟」と称していた。