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「河辺郡」||葬儀-master.com [05/28update]

河辺郡 wikipedia|無料辞書

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河辺郡(かわべぐん)は、羽後国および秋田県にあった奈良時代の古文書にもかかれているほど歴史ある郡であった。かつては新屋町(→秋田市)、豊島村(→河辺町)、大正寺村(→雄和町)など県内でも有数の町村数を誇ったが、相次ぐ合併で縮小し、最終的には鹿角郡の一町(小坂町)に次ぐ県内でも小規模の二のみの郡となっていた。
河辺郡、県内位置図1.河辺町, 2.雄和町
消滅直前の2005年1月10日の時点で、以下の2町を含んでいた。
河辺町(かわべまち)
雄和町(ゆうわまち)
2005年1月11日、2町が秋田市に編入され消滅した。

◆ 沿革
1664年(寛文4年)4月 - 豊島郡を河辺郡に改称する。
1878年(明治11年)7月22日 - 郡区町村編制法制定に伴い、郡役所を牛島村に設置。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行(14村)
  ・ 牛島村、新屋村、浜田村、豊岩村、仁井田村、四ツ小屋村、上北手村、下北手村 (秋田市)
  ・ 和田村豊島村岩見三内村 (河辺町 → 秋田市)
  ・ 中川村、川添村 (雄和町 → 秋田市)
  ・ 船岡村 (協和町 → 大仙市)
1893年(明治26年)
  ・ 1月7日 - 河辺郡役所、牛島警察署とともに焼失。
  ・ 11月30日 - 郡役所再建、業務再開。
1895年(明治28年)11月8日 - 中川村の内、相川、女米木、戸賀沢が戸米川村となり、種平、平尾鳥、左手子が種平村となった。(15村)
1896年(明治29年)
  ・ 5月16日 - 牛島村が町制施行して牛島町となった。(1町14村)
  ・ 6月1日 - 新屋村が町制施行して新屋町となった。(2町13村)
1924年(大正13年)4月1日 牛島町が秋田市に編入された。(1町13村)
1926年(大正15年)7月1日 - 郡役所廃止。
1935年(昭和10年)1月1日 - 和田村が町制施行して和田町となった。(2町12村)
1941年(昭和16年)4月1日 - 新屋町が秋田市に編入された。(1町12村)
1942年(昭和17年)4月1日 - 豊島村が和田町に編入された。(1町11村)
1948年(昭和23年)4月1日 - 大正寺村が由利郡から河辺郡に移った。(1町12村)
1950年(昭和25年)7月1日 - 和田町の内、戸島、北野田高屋、松淵、畑谷、豊成が豊島村として分立した。(1町13村)
1954年(昭和29年)10月1日 - 浜田村、豊岩村、仁井田村、四ツ小屋村、上北手村、下北手村が秋田市に編入された。(1町7村)
1955年(昭和30年)3月31日
  ・ 和田町、豊島村、岩見三内村が合併して河辺町となった。
  ・ 船岡村が仙北郡峰吉川村他と合併して仙北郡協和村となった。(1町4村)
1956年(昭和31年)9月30日 - 戸米川村、種平村、大正寺村が合併して雄和村となった。(1町2村)
1957年(昭和32年)6月1日 - 川添村が雄和村に編入された。(1町1村)
1972年(昭和47年)4月1日 雄和村が町制施行して雄和町となった。(2町)

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2005年(平成17年)1月11日 - 河辺町・雄和町が秋田市に編入され、河辺郡は廃止された。