浄土真宗本願寺派 wikipedia|無料辞書
浄土真宗本願寺派(じょうどしんしゅうほんがんじは)は、
浄土真宗の一派。
◆ 概要
宗祖
親鸞聖人の墓所である大谷廟堂(現・
大谷本廟)を発祥とする
本願寺(西本願寺)を本山とする。末寺数は10497か寺を数える。信者数約694万人は浄土真宗(真宗)の各宗派中最大であり、また、仏教系の宗教法人の中でも最大数を誇っている。宗教法人全体でも、
神社本庁についで2番目に多い。(2000年12月31日現在)。
明治時代の初期に西欧の
三権分立をまね立法(宗会)・行政(宗務所)による施策決定システムを持った。これは、
明治政府の構築のモデルともなった。
絶大な権力を持つ本願寺派
門主の第22世
鏡如(大谷光瑞)は、
シルクロード探検隊を送ったり、海外布教や、学生の教育に力を尽くしたが、それらの大きな費用負担が本願寺の財政を危機に陥れたため、鏡如は門主引退に追い込まれた。
本願寺派は再び危機を招かぬように、門主大谷家の権限を制限することを決定した。大谷家は権力中枢から、象徴へとその地位を変えた。門主は本願寺
住職という地位と共に「法灯を伝承して、この宗門を統一し、宗務を統裁する」(宗法第6条)と定められており、法人を代表するのは宗会(議会)で選出された宗務総長である(真宗十派の中で本願寺派のみ「
総長」と称する)。
◇ 宗派名の制定
浄土真宗本願寺派という宗名が正式に定められたのは1877年(明治10年)。
真宗大谷派(「お東さん」)との区別のため、「お西さん」と呼ばれることもある。ちなみに本山の本願寺も、一般的に「西本願寺」と呼ばれたり、本願寺派という意味で「本派本願寺」と呼ばれることがある。
◇ 浄土真宗の教章
宗派の教義などを平易に表現するため、1967年、第23代門主
勝如により制定され、2008年に一部改正された。
◆歴代門主
「門主」の呼称は、本願寺が門跡寺院となった
永禄二年(
1559年)以降である。
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蓮如 (1415 - 1499)中興の祖とされる
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顕如 (1543 - 1592)戦国時代に
織田信長などと対立
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准如 (1577 - 1630)東西本願寺に分立
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明如 (1850 - 1903)海外開教を実施
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鏡如 (1876 - 1948)大谷探検隊を派遣
◆別院・教堂
本山直属寺院を別院・教堂という。門主が住職であるが、別院は輪番、教堂は主管が代務住職となる。本山の直属ではあるが財政的には独立採算をとっているため、近年は門徒数の減少などから財政困窮により廃寺寸前の教堂も少なくない。そこで、2007年の長期振興計画によって、廃止合併が現在進められている。
歴史的経緯などから東北地方は仙台、関東は東京(築地)にのみ存在するのに対し、北陸・中部以西の西日本は全府県にある。