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「男鹿線」||葬儀-master.com [05/28update]

男鹿線 wikipedia|無料辞書

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男鹿線(おがせん)は秋田県秋田市にある追分駅と秋田県男鹿市にある男鹿駅を結ぶ、東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(地方交通線)である。運行上は、奥羽本線秋田駅から追分駅が含まれ、同区間を含む秋田 - 男鹿間には男鹿なまはげラインの愛称が付けられているが、利用者の間では定着していない。
男鹿半島の南側を走り、羽立駅からは男鹿温泉郷方面、男鹿駅からは門前方面へ秋田中央交通路線バスが発着している。

◆ 路線データ
・ 管轄(事業種別):東日本旅客鉄道(第一種鉄道事業)
・ 区間・路線距離(営業キロ):追分 - 男鹿 26.6km
軌間:1067mm
・ 駅数:9(起点駅を含む)
・ 複線区間:なし(全線単線)
・ 電化区間:(全線非電化)
閉塞方式:自動閉塞式
運転指令所:秋田総合指令室

◆ 運行形態
普通列車のみ約1時間間隔での運行であり、全列車が奥羽本線経由で秋田駅まで直通する。キハ40系気動車(秋田車両センター所属)で運転されている。1994年7月19日まではDD51形ディーゼル機関車牽引による客車列車の運行も存在し、1980年頃までは追分駅発着便もあった。また、それ以前には季節列車である急行おが」が男鹿線に乗り入れ、線内を快速運転(停車駅 秋田、土崎、追分、二田、船越、脇本、男鹿)したこともあったが、客車列車という速度面でのハンディ、またすれ違い待ち合わせなどにより、男鹿-秋田間を1時間4分 - 1時間19分(1980年9月現在)要し普通列車より却って遅かった。

◆ 歴史
秋田と男鹿半島の船川を結ぶため、軽便鉄道法により建設された鉄道である。1913年から1916年にかけて船川軽便線(ふなかわけいべんせん)として全通した。1922年、軽便鉄道法の廃止により船川線(ふなかわせん)に改称。1937年には、貨物線が船川港へ延長された。1968年には沿線の観光振興のため、船川駅を男鹿駅に改称、線名も男鹿線と改められている。
一部の列車は「追分駅」発着便もあったが、現在は秋田駅発着に統一されている。
また、1987年の国鉄分割民営化後も、沿線で産出する石油の輸送のための貨物列車が運転されていたが、2002年に廃止された。
1913年(大正2年)11月9日 【開業】船川軽便線追分 - 二田(10.4km) 【駅開業】二田
1914年(大正3年)11月8日 【延伸開業】二田 - 脇本(8.5km) 【駅開業】船越、脇本
1915年(大正4年)12月1日 【延伸開業】脇本 - 羽立(4.8km) 【駅開業】羽立
1916年(大正5年)12月16日 【延伸開業・全通】羽立 - 船川(2.9km) 【駅新設】船川
1922年(大正11年)9月2日 【線名改称】船川線
1937年(昭和12年)6月10日 【延伸開業】船川 - 船川港(1.8km)(貨物線) 【駅新設】(貨)船川港
1950年(昭和25年)7月25日 【仮乗降場新設】出戸
1951年(昭和26年)12月25日 【仮乗降場→駅・改称】出戸→出戸浜
1956年(昭和31年)11月26日 【駅新設】上二田、天王
1968年(昭和43年)4月1日 【線名改称】男鹿線 【駅名改称】船川→男鹿
1987年(昭和62年)4月1日 【承継】東日本旅客鉄道(第1種:追分 - 男鹿 26.6km)、日本貨物鉄道(第2種:追分 - 男鹿 (26.6km)、第1種:男鹿 - 船川港 1.8km)
1991年(平成3年)3月26日 CTC化。
2002年(平成14年)1月1日 【第一種鉄道事業廃止】男鹿 - 船川港(-1.8km) 【第二種鉄道事業廃止】追分 - 男鹿(-26.6km) 【駅廃止】(貨)船川港
2004年(平成16年)9月17日 奥羽本線の秋田 - 追分間を含む秋田 - 男鹿間の愛称を「男鹿なまはげライン」とする。同年10月16日より案内開始。

◆ 駅一覧
・ 便宜上、全列車が直通する奥羽本線秋田駅からの区間を記載。なお、奥羽本線内の貨物駅は省略。
・ 全駅秋田県に所在。
・ 全列車普通列車(全駅に停車)。
列車交換 … ‖:複線、◇・∨・∧:交換可、|:交換不可