325年に行われた
第1ニカイア公会議は
ニカイア信条を採択し、アリウスの破門とアリウス派の否定をもって終わった。しかしこれによっても
アリウス派の問題は決着せず、政治問題も含めてより複雑化していた。これを解決するため、再び公会議が行われた。主催者となったのは時の
ローマ皇帝テオドシウス1世である。コンスタンティノポリスは伝統的にアリウス派への賛同者が多い土地であったが、ニカイア信条の支持者であった皇帝は信頼していた
ナジアンゾスのグレゴリオスと共に会議を主導した。参加者は150名ほどですべてが東方地域からの参加者であった。