元来は
正教会の生神女就寝が6世紀ごろに西方に伝わったものだが、信仰の内容はその後西方独自の発展を遂げた。正教会では8月15日(ユリウス暦の場合はグレゴリオ暦の8月28日に相当)に
生神女就寝祭を祝う。これは「聖母の被昇天」とは違い、マリヤの死を「就寝」「眠りにつく」とし、原世の肉体でそのまま天にあげられたとはみなさず、むしろ魂のみが天にあげられ、来世の栄光の体を与えられたとする。またマリヤ信心は信仰のうちにおのずとくだされる私的啓示として理解されるものであり、教義として理屈抜きで信じるべき内容ではないと考える。
図像学的には、聖母の被昇天がマリアを成人の姿で描くのに対し、生神女就寝は、現世での生を終え眠りについたマリヤの亡骸の傍にキリストが立ち、幼子の形をしたマリヤの魂を抱き取っている姿で描かれる。ただし、就寝の三日後とされる、マリヤが使徒たちに天の栄光において現れた場面では、東方教会においてもマリヤは成人の姿で表される。
西方での最初の記録はトゥールのグレゴリウスによる(P.L.71.coll.708)。このころは1月18日に祝われていた。その後皇帝
マウリキウスの時代に、現在の8月15日と定められた。中世から聖母の被昇天はスペイン・イタリア・ドイツ等で崇敬されていたが、とくにバロック期以降盛んに信じられるようになり、教義とされるに到った。