律令制が衰退すると、蝕穢は衰退するどころか陰陽道と結びついて強力な
迷信として社会に定着して、蝕穢思想として発展することになる。蝕穢思想が前近代における
日本人の
衛生観念の発展に貢献したという見方がある一方で、女性や死体の処理などを扱う人々(非人)や
身体障害者や
癩病などの肉体的なハンデを背負った人々、言語・文化的に相容れない慣習を持つ人々などは、祓などでは清浄化は不可能であり、その存在自体が穢であるという発想すら生じて
差別や
偏見を正当化する根拠として用いられるようになった。特に陰陽道への関心が高かった
平安京では、「
天皇の清浄性を守る」という
大義名分の元に非人や障害者が
四堺の外に放逐されるということが行われたとされている。